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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1118号 判決 1984年7月19日

控訴人

山本禮子

控訴人

山本洋介

右両名訴訟代理人

森田昌昭

右訴訟復代理人

神部範生

被控訴人

右代表法務大臣

住栄作

右指定代理人

須藤典明

外三名

主文

1  原判決中控訴人山本洋介に関する部分を次の括孤内のとおり変更する。

「(一) 被控訴人は控訴人山本洋介に対し金三二八三万七七四七円及び内金三〇八三万七七四七円に対する昭和五〇年三月二八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員、内金二〇〇万円に対する本裁判確定の日の翌日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

(二) 控訴人山本洋介のその余の請求を棄却する。」

2  控訴人山本禮子の本件控訴を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人山本洋介と被控訴人との間に生じた部分はこれを一〇分し、その一を控訴人山本洋介の、その余を被控訴人の各負担とし、控訴人山本禮子と被控訴人との間に生じた部分は全部控訴人山本禮子の負担とする。

事実《省略》

理由

一<証拠>によると、控訴人山本禮子は訴外亡山本治の妻であり、控訴人山本洋介は治と控訴人山本禮子との間に生れた長男であることが認められる。

二訴外治が昭和二九年一一月三〇日航空自衛隊に入隊し、昭和四〇年三月当時F―八六Dの操縦士として第三航空団に勤務していた事実及び原判決事実摘示控訴人らの請求原因2、3の事実(本件事故の発生、発生原因)は当事者間に争いがない。

三国は、国家公務員に対し、その公務遂行のための場所、施設若しくは器具等の設置管理又はその遂行する公務の管理にあたつて、国家公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負つているものと解すべきところ、(最高裁判所昭和五〇年二月二五日第三小法廷判決、民集二九巻二号一四三頁)、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

1  被控訴人航空幕僚長は、F―八六D航空機検査要領と題する技術指令書(乙第一号証)を発し、これによりF―八六Dの計画整備及び試験飛行において実施すべき検査項目を示し、各部隊、補給処及び整備契約会社は右技術指令書の示すところによつて検査を実施し、潜在的な欠陥を発見し、これを修正し、飛行中の機能不良あるいは事故の発生を未然に防止するようつとめなければならないものとしていた。

右技術指令書によると、F―八六Dの点検整備は、航空機が特定の状態、環境にあつた場合に行われる特別検査を除くと、

(1)  飛行前点検

(2)  飛行後点検

(3)  基本飛行後点検

(4)  定時飛行後点検

(5)  定期検査

(6)  機体定期修理

(7)  取付品定期交換

に分類され、右(1)ないし(3)の点検は飛行機内部の整備小隊が担当し、(4)の点検、(5)の検査は整備補給群中の検査隊が担当し、(6)の修理は民間の航空機会社に委託して実施し、(7)の取付品定期交換は、あらかじめ部品を手配しておき、取り換え時期のくるごとに定期的に整備補給群が行つていた。

そして、(1)の飛行前点検は、その日の最初の飛行をする前に実施するもの、(2)の飛行後点検は毎飛行後実施するもの、(3)の基本飛行後点検は、一日の最終飛行後に実施するもので、右(1)ないし(3)の点検はいずれも各部の装置が正常に作動するかどうか、各種装備品の損傷の有無、オイル漏れの点検等不良箇所の発見を目的として目視ないし触手して行える程度の点検作業に限られ、各部品が所定の性能を保有しているかどうか等の検査は義務づけられておらず、実施されていなかつた。(4)の定時飛行後点検は、一定の飛行時の間に軽微な不具合が進行して計画外の大整備作業を必要とする欠陥までに発展するのを防止し更に航空機の飛行任務が達成できるように安全を確保する目的の下に、前回の定時飛行後点検または定期検査後一〇飛行時間と五〇飛行時間間隔(定期検査が一二〇飛行時間間隔のときは一〇飛行時間と六〇飛行時間間隔)で部隊内の長の定めるところにより整備補給群のなかの検査隊が実施するもので、各装置の作動点検、各部の損傷の有無、取付状況の確認等が主たる作業であつて、各部品の性能試験は義務づけられておらず、実施されていなかつた。(5)の定期検査は航空機全般について完全徹底的に実施する検査で、検査項目中には飛行前点検、基本及び定時飛行後点検において実施する項目も含められているが、点検の綿密度が要求されており、点検のための特殊工具または試験器具を特定し、重要な部品については性能試験の実施が義務づけられていた。殊に電子燃料装置については、メイン・フュエル・アンプリファイア及びアフターバーナー・フュエル・アンド・ノズル・アンプリファイアを取り外し、真空管の性能試験を実施することが要求され義務づけられていた。右定期検査は技術指令書においては一〇〇飛行時間ごとに実施するよう定められていたが、航空幕僚長は、可動率を高めるため、これを昭和三九年四月二一日付空幕整電第一五二号「定期検査時間の延長について」と題する通達により一二〇飛行時間に延長試行するように改めた。(6)の機体定期修理は機体の重要部分を取り外し又は分解して基地整備では十分な点検検査及び整備が実施できない部分を重点的に検査することを目的とするもので、三六か月ごとに民間の航空会社に委託して実施するものとされており、(5)の定期検査と同様に真空管の性能試験を実施することが求められていた。(7)の機体取付品の定期交換は、各取付品ごとにその交換間隔が定められており、その期間経過前の最も近い定期検査のときに実施するものとされていた。電子式燃料装置のメイン増幅器とアフターバーナー増幅機の交換期間は六〇〇時間と定められていて、これに装着されている真空管も同時に交換されることとされていた。

2  本件事故機は、昭和三九年一月三〇日三菱重工業株式会社において三六か月ごとに実施する機体定期修理を受け、同年九月三日検査隊による一〇〇飛行時間後の定期検査を受け、その後も整備小隊ないし検査隊による二五飛行時間後の点検、五〇飛行時間後の点検、七五飛行時間後の点検を受けていたもので、右定期検査のときから本件事故当日(昭和四〇年三月二九日)までの飛行時間は一〇四飛行時間三五分であつて、次回の定期検査を約一六飛行時間後に控えていた。

3  本件事故機は、事故当日である昭和四〇年三月二九日飛行前点検を受けたのち午前九時から午前一〇時一〇分までの間第一回の飛行をしたが、その飛行中何らの異常も発見されず、無事飛行を終え、飛行後点検、第二回の飛行前点検を受けた後、同日午後一時八分第二回の飛行を開始し、午後一時一〇分ころ離陸後間もなく高度一〇〇フィート(約三三メートル)で墜落したものであるが、右第一回飛行後の点検及び第二回飛行前の点検においては格別の異常は認められなかつた。

治は離陸後電子式燃料装置が故障したため高度一〇〇フィートの地点で緊急脱出したが落下傘が完全に開ききらずに墜落死亡した。

F―八六Dには、電子式燃料装置が故障した場合に備えて手動による緊急燃料系統が装備されていたが、右故障が予期されているときでも、スロットルを手前に引き緊急燃料系統のスイッチをオンにしてミリタリー(エンジンの回転一〇〇パーセント)の然圧まで上げるのに五〜六秒、可変ノズルを四分の一までクローズするのに三秒、ロス時間一秒として、緊急燃料系統による推力回復のために最低九〜一〇秒を要するのであつて、その間推力が下がつて飛行不能の状態になるから、低空で電子式燃料装置が故障したときには墜落を避けることができなかつた。

4  F―八六Dは、米国ノースアメリカン社が昼間戦闘機であつたF―八六F航空機を改良し、これにレーダー、火器管制装置、電子式燃料装置を装備し、全天候型の戦闘機として昭和二六年ころ開発し、米空軍が約七年間にわたり使用したものであるが、米空軍がその使用を廃止した後である昭和三三年ごろ航空自衛隊がその供与を受けて使用を開始し、昭和四三年一〇月一日その用途を廃止するまで航空自衛隊において約一〇年間にわたり使用していた中古機である。

F―八六DはF―八六Fに比し格段に可動率が低く、六〇パーセント程度に止まつていたが、その原因は、新たに装備した火器管制装置の故障及び電子式燃料装置の故障によるもので、後者について言えば、F―八六Fはスロットルの動きを機械的にワイヤーでつないで燃料の供給を調節し、エンジンの回転数を上下していたが、F―八六Dはスロットルの動きをいつたん電流に変え、これを増幅し、これにより自動的に主燃料、アフターバーナーの燃料、ノズルの開閉を操作するようになつており、右電子式燃料装置の故障に備えて手動による緊急燃料系統も装備されてはいたが(その切換えのため時間を要することは前記のとおりである。)、右電子式燃料装置は斬新な技術によるものであるため故障が多発し、F―八六Dの飛行中エンジントラブルを起し操縦者が緊急脱出を余儀なくされた事故あるいは死亡事故が昭和三四年以降昭和三八年までの間に数件発生していた。

F―八六Dの電子式燃料装置は、エンジンに対する主燃料及びアフターバーナーの燃料の調節と可変ノズルの開閉操作を電流により自動的に行う目的で、メイン増幅器とアフターバーナー増幅器の回路に合計四十数本の真空管が装着されていて、右真空管の一部が故障したときは電子式燃料装置が正常に作動しなくなる虞れがあり、殊にV8真空管が故障した場合には急速に推力を失い、重大な事故を生ずる危険があつた。そのため、V8真空管をダブルにして二本装着してはどうかという改良案も本件事故後に出された。

ところで、前記技術指令書によれば、メイン増幅器とアフターバーナー増幅器(Main and A/B amplifiers)は、取付品定期交換として、六〇〇時間ごとにその期限に達する前の最も近い定期検査のときに取り換えることが指示されていたのであり、その趣旨は使用時間ゼロの新品の真空管を装着した使用時間ゼロのメイン増幅器とアフターバーナー増幅器に交換するにあつたものと解されるが(中古の真空管を装着した中古の増幅器と交換するのでは交換する意味がない。)、機体定期修理を担当する整備契約会社及び取付品定期交換を担当する整備補給群は、実際は真空管の中古品、増幅器の再生品で性能試験の結果正常と判定されたものを使用時間ゼロの新品とみなし取り替え用として使用していたのであつて、その結果取付品の定期交換が実施された直後のメイン増幅器あるいはアフターバーナー増幅器を整備補給群の検査隊で改めて点検したところ一〇機に一機位の割合で右増幅器に機能の低下した真空管が発見されていた。また、検査隊が本件事故前F―八六Dにつき一〇〇飛行時間ごとに実施していた定期検査の際にも、右増幅器の回路に装着されている真空管四十数本のうち二本ないし五本程度は機能の低下しているものが発見され、これを機能の正常な真空管と交換していた。右のような実情にあつたため、部隊の方では、信頼性の関係から、せめて真空管ぐらいは全部新品と交換してもらいたいという要望を航空団に提出していた。

5  F―八六Dに装備された増幅器装着の真空管は、戦闘機という極めて厳しい環境で使用されるものであり、使用時間が長くなれば長くなるほど摩耗し故障を起しやすくなり、信頼性を欠くに至る。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、F―八六Dは、米空軍の使用していた中古機を航空自衛隊が供与を受けたものであつて、電子式燃料装置に故障が多発していたものであるところ、被控訴人は取付品定期交換に際し整備基準に違反して中古の真空管を装着した中古のメイン増幅器、アフターバーナー増幅器(性能試験を実施して正常と判定されたものとはいえ中古品であることには変りがない。)をそのまま使用時間ゼロの新品とみなして継続使用していたのであるから、本件事故機についても右のような整備基準に合致しない整備が行われ、右不完全な整備による中古真空管が故障した結果本件事故が発生したものであり、航空自衛隊の幹部は右整備契約会社、整備補給群の実際の取扱を知つていたものと認定するのが相当である。

そうすると、被控訴人の履行補助者である航空自衛隊の幹部は、整備契約会社、整備補給群をして特に真空管の交換については完全にこれを行い、中古品を新品として取扱うようなことをさせないように厳重に監督し、もつて事故の発生を未然に防止すべき具体的注意義務があつたものというべきところ、右義務を尽さず、前記安全配慮義務に違反し、その結果本件事故が発生するに至つたものというべきである。

なお、前掲各証拠によれば、真空管が老化して機能を失う寸前の状態に達している事実があつても、その機能が停止していない限り、飛行後検査又は飛行前検査によりこれを発見することができず、搭乗者による飛行前検査においても同様であり、エンジンを始動させエプロンから滑走路の離陸開始地点まで移動する段階においても、なお、搭乗者による発見は不可能であり、本件事故機は事故当日第一回の飛行は無事終了し、第二回の飛行の際に事故が起きているが、これは事故機に装着されていた中古真空管の一部が事故当日第一回の飛行終了まではかろうじてその機能を果たしていたものの既に摩耗し限界寸前に達していたところ、第二回の飛行開始後間もなく限界に達して遂にその機能を停止するに至つたことによるものと認定するのが相当である。

被控訴人指定代理人は、本件事故の原因となつた真空管の故障は偶発的なもので全く予見不可能であつた旨主張するが、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、F―八六Dに装備されていた増幅器装着の真空管は極めて厳しい環境で使用されるものであり、使用時間が長くなれば長くなるほど摩耗して故障を起しやすくなり信頼性に欠くに至るものであることを航空自衛隊の幹部は知つていたのであり、機体定期修理、取付品定期交換に際し新品の真空管と交換し摩耗故障を未然に防止する注意義務を尽しておけば本件事故は避けえたものと認められるから、右被控訴人指定代理人の主張は採用することができない。

また、前記事実によれば、F―八六Dは米空軍が使用を廃止したのち航空自衛隊が供与を受けた中古機で、エンジン系統の故障が多発し、本件事故前にも飛行中における重大なエンジントラブル事故が発生していたところ、同機の電子式燃料装置の各増幅器の回路に装着されている真空管の性能を検査する機会は、定期検査、機体定期修理または部品交換の際以外にはないのであるから、従来一〇〇飛行時間ごとに行われていた定期検査の間隔を一二〇飛行時間に延長試行したことは、同機の可動率を高める要請に出たとはいえ、老化していた同機の性能にかんがみると著しく不相当であり(米空軍は自国の航空会社の開発した新品のF―八六Dを使用していのであるから、その定期検査の間隔はあまり参考にならない。)、延長試行しなければ防止することができたはずの事故が延長試行したために防止できなくなることは当然予想しえたところであつて、被控訴人の航空幕僚長がF―八六Dに関し従前一〇〇飛行時間であつた定期検査の実施間隔を昭和三九年四月二一日付「定期検査期間の延長について」と題する通達により一二〇飛行時間に延長試行したのは、安全配慮義務に違反したものといわなければならない。

そして、本件事故は、事故機が昭和三八年九月三日検査隊による一〇〇飛行時間後の定期検査を受けて以来右新たな整備体制の下で一〇四飛行時間余を飛行したのち真空管の故障により発生したものであるから、もし従前どおり一〇〇飛行時間に達した段階で定期検査を実施し、その性能試験をしていたならば、本件事故機の電子式燃料装置の各増幅器の回路に装着されている中古真空管の機能低下を発見し、事故の発生を未然に防止することができたものと認定するのが相当であり、従つて、右定期検査の実施間隔の延長と本件事故発生との間には相当因果関係があるものというべきである。

四控訴人ら訴訟代理人は、被控訴人が本件事故機に低高度脱出装置を装備しなかつたのは安全配慮義務に違反したものである旨主張するが(右主張は当審における第一回口頭弁論期日に至つて新たに提出されたものであるが、本件事故の特性にかんがみると、控訴人ら訴訟代理人に故意又は重大な過失があつたものとは認められないから、これを却下しない。)、<証拠>を総合すれば、F―八六Dには高高度脱出装置は付けられていたが、低高度脱出装置は付けられておらず、一方我が国で昭和三七年ごろから運用を開始されたF―一〇四J航空機には低高度脱出装置が付けられていたこと、それがきつかけとなり、航空幕僚監部にF―八六Dにも低高度脱出装置を付けようという話が煮詰り、米軍事顧問団にその旨の照会をし、同顧問団から昭和三九年五月一八日ころアメリカ側でF―八六D用の低高度脱出装置を開発する、日本側でその費用を分担されたい旨の回答を得たので、日本側でアメリカ側の開発したF―八六D用低高度脱出装置を購入することとし、昭和四〇年度の予算で予算請求をし、同年事の予算でF―八六D約一〇〇機全部に低高度脱出装置を付ける費用が認められたが、アメリカ側の開発が予定より遅れ、結局本件事故前本件事故機にこれを装着することができなかつたものであり、航空自衛隊にはF―一〇四Jのオーバーホールの技術しかなく、アメリカ側に依存しない日本独自の技術で本件事故前にF―八六D用低高度脱出装置を開発、製造することは不可能であつたことが認められ、右事実によれば、航空幕僚監部のF―八六D用低高度脱出装置に関する対応が遅きに失したものとまでは断言しえないのであり、この点について被控訴人に安全配慮義務違反は認められず、右控訴人ら訴訟代理人の主張は採用することができない。

五すすんで、被控訴人の賠償すべき損害額について検討する。

1  逸失利益

(一)  訴外治が昭和二九年三月大学を卒業し、同年一一月三〇日航空自衛隊幹部候補生として入隊し、本件当時三等空佐に昇進し、満三三歳(昭和六年九月一日生)の健康な自衛官であつたことは当事者間に争いがない。

(二)  <証拠>によれば、治は本件事故が発生しなかつたならば、満五〇歳で航空自衛隊を定年退職するまで一六年五か月にわたつて勤務し、その間昭和四〇年から昭和五六年までは毎年一号俸宛定期昇給し、三等空佐一九号まで昇給したものと認められる。よつて、右俸給を控訴人の主張どおり昭和四〇年度から昭和五一年度までの自衛官の俸給表で計算すると、その基本給及び賞与は別表(一)のとおりとなることが認められる。

(三)  ところで、前掲各証拠によれば、ジェット戦闘機の操縦者については当該階級の初号俸に昭和四〇年度より昭和四五年度までは五五パーセント、昭和四六年度より昭和四八年度までは六五パーセント、昭和四九年度以降は七五パーセントの割合による航空手当が支給されていたこと、航空自衛隊においてはその任務の特質上通常四〇歳を限界として高年令者の配置を制限しているから、四一歳以上の者がジェット戦闘機の操縦配置につくことは稀であること、それまでジェット戦闘機の操縦に配置されていた者が操縦配置以外の配置に変更されて支給される航空手当の額は、ジェット戦闘機操縦配置において支給される額の五〇パーセントに減額されることが認められる。従つて、治の支給を受くべき航空手当は別表(一)のとおりとなるものと認めるのが相当である。

(四)  次に、扶養手当についてみるに、<証拠>によれば控訴人山本洋介は昭和三七年六月二三日生れであることが認められるから、昭和五五年六月二三日満一八歳に達していることとなり、昭和五五年七月以降は同控訴人に対する扶養手当の支給を認めることはできない。よつて、扶養手当は別表(一)の限度で認めるのが相当である。

(五)  治の退職金の額が退職時の基本給八万四一〇〇円に支給率50.76を乗じた一四四二万〇九一六円であることは、被控訴人の明に争わないところである。

(六)  更に、<証拠>によれば、治は航空自衛隊退職後満六七歳に至るまで少くとも控訴人主張の労働省労働調査部編昭和五〇年度賃金センサス第一巻第一表中一〇人から九九人まで雇傭する規模の会社の旧大、新大卒欄記載の収入を得たものと認めるのが相当であるから、昭和五六年以降昭和七二年まで毎年別表(三)年間所得欄記載の収入を得ることができたものと認められる。

2  生活費控除

治の職業、身分及び家族構成等を考慮すれば、治の生活費として退職金以外の収入から三〇パーセントを控除するのが相当であり、これを控除した収入額及び退職金額からライプニッツ式計算法により中間利息を控除すると、治の逸失利益は別表(二)、(三)のとおりとなり、その合計は四一二五万六六二二円である。

従つて、控訴人山本禮子は妻として右金額の三分の一である一三七五万二二〇七円、控訴人山本洋介は右金額の三分の二である二七五〇万四四一四円の損害賠償権を相続により取得したものというべきである。

3  慰藉料

控訴人らは、治を失つたことによる精神的苦痛に対する慰藉料としてそれぞれ二五〇万円を請求しているが、治と被控訴人との間の雇傭契約ないしこれに準ずる法律関係の当事者でない控訴人らが雇傭契約ないしこれに準ずる法律関係上の債務不履行により固有の慰藉料請求権を取得するものとは解し難いから、右請求は認めることができない(最高裁判所昭和五五年一二月一八日第一小法廷判決、民集三四巻七号八八八頁参照)。

控訴人らは予備的に治の慰藉料請求権を主張するので判断するに、治が本件事故当時三三歳の健康な自衛官であつたことは当事者間に争いがなく、治は本件事故のため死亡することにより甚大な精神的苦痛を被つたものと認められるところ、前記認定にかかる諸般の事情を考慮すると、これを慰藉するための慰藉料は五〇〇万円をもつて相当とする。

そして、治の右慰藉料債権のうち三分の一(一六六万六六六七円)は控訴人山本禮子が、三分の二(三三三万三三三三円)は控訴人山本洋介がそれぞれ相続したものである。

4  葬祭費

弁論の全趣旨によれば、控訴人山本禮子は治の死亡により葬祭費として三〇万円を支出したものと認められる。

5  以上合計すると、控訴人山本禮子の損害賠償債権額は一五七一万八八七四円、控訴人山本洋介の損害賠償債権額は、三〇八三万七七四七円となる、

6  損害の填補

控訴人山本禮子が国家公務員災害補償法による一時金として二七七万一〇〇〇円、葬祭補償金として一六万六二六〇円を受領したことは、同控訴人の自認するところである。

また、控訴人山本禮子が、防衛庁の特別弔慰金に関する訓令に基づき特別弔慰金一〇〇万円及び国家公務員等退職手当法及び防衛庁職員給与法に基づく退職手当八〇万五五〇〇円の支給を受けており、更に、国家公務員共済組合法に基づく遺族年金として、昭和五八年一二月までに総額一三三七万五六九〇円の支給を受けていることは、当事者間に争いがない。

そして、弁論の全趣旨によれば控訴人山本禮子は右給付金のうち遺族年金以外の合計四七四万二七六〇円は治の死亡後遅滞なくこれを受領し、遺族年金は治死亡後各支給期ごとに分割受領したものであることが認められる。

よつて、控訴人山本禮子の損害賠償債権額一五七一万八八七四円から右各給付相当額を控除すべきところ(最高裁判所昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決、民集二九巻九号一三七九頁参照)、右控除すべき補償金、退職手当金及び遺族年金の合計額一八一一万八四五〇円は、控訴人山本禮子の前記損害賠償債権額に後記遅延損害金(但し、その起算日までに填補された元金には遅延損害金が発生しない。)を加えた額を上廻ることは遅廷損害金の額を確定するまでもなく計数上明らかであるから、同控訴人の損害賠償債権は、遅延損害金を含め全額填補されたことになる。

7  弁護士費用

控訴人山本禮子については、右のとおり填補額が損害額を上廻るから、弁護士費用を認めることはできない。

本件記録によれば、控訴人山本洋介は弁護士である控訴人ら訴訟代理人に第一、二審を通じ本件訴訟の遂行を委任し、その費用として二六〇万円を支払う約束をしていることが認められ、右弁護士費用は、控訴人山本洋介が治から相続した前記安全配慮義務違反による人身事故に基づく損害賠償債権を実現するために必要とした費用であるから、相当額の範囲で本件事故と相当因果関係のある損害にあたり、被控訴人にその賠償を請求できるものと解すべきところ、本件事案の難易、請求認容額等諸般の事情を考慮すると、控訴人山本洋介の請求しうる弁護士費用は二〇〇万円と認定するのが相当である。

8  遅延損害金

安全配慮義務違反による損害賠償請求権は債務不履行に基づく損害賠償債権であつて期限の定めのない債権の性質をもつものであるから、債権者の履行の催告によつてはじめて債務者は遅滞に陥るものというべく、被控訴人が控訴人山本洋介により本件請求にかかる催告書を受領したことを自認する昭和五〇年三月二七日の翌日から遅延損害金が発生するものと認めるべきである(最高裁判所昭和五五年一二月一八日第一小法廷判決、民集三四巻七号八八八頁参照)。

六そうすると、控訴人山本洋介の本訴請求は、被控訴人に対し三二八三万七七四七円及び内金三〇八三万七七四七円に対する昭和五〇年三月二八日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、内金二〇〇万円に対する本裁判確定の日の翌日から支払済に至るまで同率による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべく、控訴人山本禮子の本訴請求は、失当として棄却すべきである。

よつて、控訴人山本洋介の本訴請求を棄却した原判決は一部不当であり、同控訴人の本件控訴は一部理由があるから原判決中同控訴人に関する部分を主文1項括孤内のとおり変更し、控訴人山本禮子の本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条を各適用し、仮執行の宣言は相当でないからその申立を却下し、主文のとおり判決する。

(川添萬夫 新海順次 相良甲子彦)

別表(一)ないし(三)<省略>

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